管理人の病気と肥満
忘れていた肥満
小学生頃から私は肥満児でした。
今思い出しても幼少だったその頃が、一番食事量が多かったと思います。

給食のおかわりは、いつも一番乗りで、クジラカツが余った日には、
いただきます、と同時に、ほとんどおかずを飲む、状態。...(^^;)

見かねた担任の先生から、
「おかわり20分間、禁止令。」
なるものを、発令されたこともあるほどでした。


一方、運動は苦手でした。
足は遅い、すぐ息は切れるで、体育の時間が一番嫌いでした。
その後もこの傾向は続き、運動系の部活動はとうとう一度もしませんでした。

成長期を向かえ、
身長が伸びた私の肥満は、いくらか解消されたかのようでした。
けれどちょっと食べ過ぎると、すぐお腹が出てしまうんですね・・・。
これも、元来の運動不足がたたっていたのは言うまでもありません。

その頃は痩せたいイコール、モテたいでしたので、
薄着になる夏が近づくと、毎年のように絶食してダイエットしていました。
(結果、モテたことはありませんでしたが。)

その後、
この“絶食ダイエット”は私の定番となり、
体型が気になりだすと一時的に痩せる、を繰り返していました。


それでも別段病気になるわけでもなく、やがて今の家内と出会い、
結婚しました。
23歳でした。


学校を卒業後、
某広告代理店に就職した私の生活は、めちゃくちゃ多忙なものでした。
1ヶ月に残業200時間なんてことを経験したのも、この時です。

当時の日本はバブル絶頂期。
ふるさと創生論なるものが打ち出され、
全国各地で、博覧会の開催ラッシュが続いていたのです。

私は昼夜問わず、寝る間を惜しんで仕事をしていました。
というか、正直言って、
まだ、新人だったので、必死であちこち駆けずり回る毎日でした。


やがて徐々に私の肥満は慢性化しつつありましたが、
独身時代のように絶食する余裕もなく、私は肥満を放置していました。

32歳のとき、次男が生まれたのをきっかけに私は転職しました。
仕事オンリーの生活より、家庭や余暇を楽しみたくなったからです。
かといって、“都会のネズミ”にふるさとなどなく、
今で言う「Iターン」をしました。

地方での小さな会社の仕事は、残業なしの、週末は海、
という快適なものでした。
しかも、都会では不可能だと思っていたマイホームを、
たった6年で建てることができました。

もはや、私にとって
肥満など、どうでも良いことになっていました。














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